有森裕子 国連人口基金親善大使

日本の国連人口基金 親善大使

国連人口基金の親善大使は、人口問題、特に 開発途上国での性と生殖に関する健康の重要性や国連人口基金の活動について、広く多くの方に知っていただくための広報・啓発活動をしています。日本の親善大使は、初代の女優・岸恵子さんに続き、2002年からは有森裕子さんが務めています。

『有森裕子国連人口基金親善大使インタビュー』 国際連合広報センター UNインタビュー・シリーズ

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有森裕子親善大使のプロフィール

有森裕子親善大使は岡山県生まれ。1992年バルセロナでのオリンピックで銀メダルを獲得し、日本の女子マラソンランナーとして初めてのオリンピックメダリストとなりました。続くアトランタオリンピックでも銅メダルに輝く快挙を成し遂げました。また、国際オリンピック委員会(IOC)が女性のスポーツ参加などに貢献した関係者や組織を称えるために創設した「女性スポーツ賞」を、2010年に日本人として初めて受賞しました。

アトランタオリンピックでレース後に語った、「初めて自分で自分をほめたいと思います」ということばは、今も語り継がれ、多くの人に感動と勇気を与え続けています。「世の中にたった一人しかいない自分の生き方にこだわること」と「二度とやってこない一瞬一瞬を精一杯生きること」を信条としています。国際陸上競技連盟(IAAF)女性委員会委員、スペシャルオリンピックス日本理事長、NPOハート・オブ・ゴールド代表理事、(株)ライツ取締役。米国コロラド州ボルダー在住。著書に「アニモ」、「わたし革命」、「有森裕子と読む人口問題ガイドブック」(共著)など。

有森親善大使は、1996年にカンボジアで開催された国際ハーフマラソン大会に招待されたのをきっかけに、スポーツを通じて国際交流を推進するNPO「ハート・オブ・ゴールド」を立ち上げ、代表理事を務めています。それ以来、毎年カンボジアを訪れ、地雷で被害を受けたカンボジアの子どもたちのために、「義手や義足をつけて走ることで、夢を持つきっかけしてほしい」と願い、支援活動に力を注いでいます。国連人口基金親善大使を引き受けるにあたり、こうした思いが一つのきっかけとなりました。


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有森裕子親善大使の活動

有森氏は親善大使として、これまで2002年、2003年にカンボジア、タイ、2004年にインド、2005年にタンザニア、ケニア、2006年にエチオピア、2007年にパキスタン、2009年にマラウイを訪問しました。帰国後は、これらの訪問で見聞した事を通して国連人口基金の活動の重要性を1人でも多くの人に伝えるため、講演会やマスメディアを通じた啓発活動や政策提言などの活動に取り組んでいます。著書に、「有森裕子と読む人口問題ガイドブック」(2004、国連人口基金東京事務所との共著)などがあります。

©HIROYUKI YAMADA/JOICFP

有森親善大使が特に力を入れているのは、開発途上国の現場に赴き、SRH関連ケアの向上や家族計画、ジェンダー(男女の社会的性差)の平等の実現、HIV/エイズ対策などに取り組んでいる現地の人々やNGOのスタッフと話し合い、また国連人口基金や協力団体がSRH対策を実施している事業などを視察することです。こうした訪問を通じて得た情報や知見、そして彼女の思いは、帰国後に有森親善大使自身の言葉で語られるとともに、マスメディアなどを通じても発信され、日本の多くのみなさんに伝えられています。一方、訪問を受けた途上国の人々にとっても、有森親善大使との交流は、国連人口基金の活動への大きな励ましとなり、また日本に親しみを持ってもらう機会にもなっています。

有森親善大使の活動は、国連人口基金のパートナーNGOであるジョイセフに実施委託されています。

有森親善大使のその他の活動に興味がある方は、「有森裕子オフィシャルブログ」をご覧ください。


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有森裕子 国連人口基金 親善大使

海外視察

2010年2月 タンザニア

©JOICFP

今回の視察は、有森親善大使にとっては2度目のタンザニア訪問となりました。元オリンピック日本代表の瀬古利彦氏と共に駅伝を通じた難民支援のイベント「Ekiden for Peace」に参加するために、2月19日にウルヤンクル難民居住地を訪れました。この大会は、日本の「駅伝」という競技を通して、年齢や性別に関係なく、メンバー同士でゴールを目指して団結することで、ブルンジ難民とタンザニア人が励まし合い、協力してもらいたいという瀬古氏の提案から始まりました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連人口基金(UNFPA)の共催で開催され、2つの国連機関が連携する機会ともなりました。

有森氏はまた、駅伝大会に参加する傍ら、ダルエスサラームの国連人口基金が支援をしている病院を視察しました。この病院は現地のNGOによって運営されており、フィスチュラをはじめ、目の病気や脚の障害などの治療やリハビリを無料で治療する体制が整っている病院施設です。有森氏はこの病院の医療サービスの質の良さに感心を示しつつも、入院しているフィスチュラ患者から、知識や情報がないために、この病気が手術で治ることが知られていない実情に心を痛め、表に出てこない問題の難しさを感じたと語りました。


2009年1月 マラウイ

2009年1月に親善大使としては7回目の公式視察となる、マラウイを訪問しました。妊産婦死亡を減らすための官民連携のプロジェクト実施体制、HIV/エイズSRH、貧困問題に焦点を当てて取り組む国連人口基金の活動を視察しました。

©JOICFP

有森親善大使は、モザンビーク国境付近のムチンジ県で、国連人口基金が支援する病院を訪問。医療機器や人材不足の現状を目の当たりにする一方で、優秀なスタッフが懸命に働く姿が印象的だったそうです。また都市部では、国連人口基金の実施プログラムに参加した若者たちとの対話を通して、こうした若者の自主的な参加を促すプログラムをさらに普及させていく必要性を感じたと言います。

「もし、生きていてよかったと感じられるなら、その幸せを次の世代につないでほしい。そして国連人口基金がしている仕事を一人でも多くの人に伝えてほしい」有森親善大使は今回の訪問を通して、女性の地位の低さが妊産婦死亡、貧困、子どもたちに関わるあらゆる問題につながっていることを再認識したと語ります。


2007年6月 パキスタン

有森親善大使は、2005年10月に大地震に見舞われたパキスタンを訪れ、人口問題SRHに関わる国連人口基金のプロジェクトを視察しました。そして、初めて緊急支援現場に足を運びました。大地震などの緊急災害時に、国連人口基金が被災者のSRH守るために、どのような支援を行ったかという関係者からの話を聞く機会となりました。

©HIROYUKI YAMADA/JOICFP

今回の視察で、緊急支援の際には、女性のSRHに対する援助がなおざりにされやすいと実感したといいます。しかしながら、国連人口基金が被災者に対し、いち早く支援を行ったという事実や、若い女性たちが活躍する姿には、有森氏も勇気づけられたといいます。

ジェンダーの側面から、女性たちの生活における厳しい実情を見ましたが、単にそれを悪いと決めつけるのではなく、こういった慣習を変えていくために、宗教・文化・社会的な側面にも配慮をしながら、国の実情に適した取り組みを行っていくことが重要だと感じました」と有森親善大使は視察最終日に語りました。


2006年2月 エチオピア

10日間にわたって、母子保健推進のためのプロジェクトや、若者に対するエイズ予防啓発活動を視察。また、今回は女性性器切除(FGM/C)の廃絶に向けた運動に取り組む人々も訪ねました。

©HIROYUKI YAMADA/JOICFP

さらに昨年のケニアに続き、当時国連人口基金名誉大使であった、アテネ・オリンピック金メダリストのメセレット・デファー氏とイベントを開催し、エチオピアの未来を担うアディスアベバ大学の学生約300人と共に、エチオピアの大地を駆け抜けました。

フィスチュラ女性性器切除(FGM/C))などジェンダーの不平等によって、女性が不利な状況に置かれているという状況の中でも、素晴らしい女性活動家たちとの出会いもありました。有森親善大使は彼女たちに諸問題を解決する兆しを見出したといいます。また男女間の不平等について、常に問題意識を持ち、訴え続けることの大切さも感じたといいます。


2005年2月 タンザニア、ケニア

親善大使として初めてのアフリカ訪問でした。タンザニアでは、若者を対象としたプログラム、紙芝居によるHIV/エイズ予防教育、コーヒーのフェアトレードによる貧困解消プログラムなど、国連人口基金とNGOの連携モデルを中心に視察しました。

©HIROYUKI YAMADA/JOICFP

ケニアの首都・ナイロビのスラム地域では、スポーツ、音楽、踊り、職業訓練のプログラムを推進する若者たちと楽しく交流しました。また、西部ナロクで、強制的な若年結婚や女性性器切除など、社会的因習から逃れてきた少女のための緊急避難センターの開所式に参列しました。WFP(国連世界食糧計画)飢餓撲滅大使でケニア出身の男子マラソン世界記録保持者、ポール・テルガト氏も共に参加。飢餓撲滅への努力と同様、女性性器切除という社会問題についても共同で取り組むという意思表明をしました。

これを機に、ユニセフ親善大使でアテネ・オリンピック女子マラソンの銀メダル保持者、キャサリン・ヌデレバ氏も協力を表明するなど、ケニアの世界的な運動選手たちに協力の輪が広がったことは、大きな成果の一つでした。

アフリカ訪問を終えた有森親善大使は、「政府や国際機関だけではなく、NGO、そして草の根活動への支援は、アフリカの国々がこれから立ち向かっていくHIV/エイズの蔓延や貧困問題の解決に向けて不可欠となっています。この長いマラソンに、みんなが手を取り合って、希望を持ちながら協力して走り続けることが重要です」と述べています。


2004年6月 インド

©YOSHIKAZU SAYAMA/JOICFP

“人口大国”インドで、性と生殖に関する健康/権利(SRH/RR)ジェンダーの不平等、HIV/エイズ、貧困など諸問題の実情を視察しました。

インドで最も貧しい州のひとつである東部のオリッサ州の農村では、安全に出産するのに必要な出産費用の積立をしている自助グループの女性たちと会いました。このグループの目的は、地域に根ざした男女間の不平等を解消し、女性の命を守ることです。

州都をムンバイにおくマハラーシュトラ州には、巨大なスラムがあります。ここでは、新しく始まったばかりのSRH関連の活動を訪問しました。また、スラムの女性や若者グループが展開する保健や教育の啓発活動の実情を見ることができました。厳しい中にもたくましく生きる女性や若者たちと、彼らを支える国連人口基金や関係者の努力を実感した視察でした。


2003年2月 カンボジア、タイ

©HIROYUKI YAMADA/JOICFP

2002年の訪問の際に立ち上げた「青少年のエイズ予防プロジェクト」の活動を視察するために、日本の皆さんから寄せられた募金3万ドルを携えて、再びカンボジアを訪れました。滞在中には、国連人口基金が主催したユースキャンプにも参加しました。

また、HIV/エイズ問題への取り組みや経験を学ぶため、隣国タイも訪問。HIVと共に生きる人々のネットワークを利用した支援が、効果的に実施されているのが印象的でした。


2002年2月 カンボジア

©HIROYUKI YAMADA/JOICFP

カンボジアは、HIV感染率が高く、そして若者の人口割合も高くなっています。

そこで、今回の視察ではまず、エイズの状況を知るため、有森親善大使は、売春宿に住む若い女性やHIVと共に生きる人々と会って話を聞いたり、ストリートチルドレンを支援するNGOを訪れました。

また、若者がHIVに感染するのを防ぐために活動しているNGOも訪問しました。当時は、若者の間のHIV/エイズの流行を防ぐ活動は都市部でしか行われていなかったため、地方でも活動できるように「青少年のエイズ予防プロジェクト」を立ち上げ、日本の皆さんに募金を呼びかけました。

「この訪問でHIV/エイズに苦しむ人々への社会的サポートの必要性、それと同時に、この病気に対するまだまだ続く根強い偏見の目を感じました」と、有森親善大使は語っています。

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フォトエッセイ

有森親善大使が視察で訪問した国々の状況を、鮮やかな写真で綴ったフォト・エッセイです。

有森親善大使が2002年と2003年のカンボジア訪問について綴ったフォト・エッセイです。

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関連リンク

Last updated: 2010-06-28